Our Topics日米トップ対談:ジェンダー配慮から始まる、新しいマーケティングの形【後編】「感情的な領域だからこそ、数字が活きる」
時代が求めるジェンダー表現の進化に、マーケターやクリエイターはどう向き合うべきか。
前編では「そんなはずじゃなかった」から生まれる生活者とのズレがどこからきているのか?その背景について日米それぞれの視点から語ってきました。後半では、ジェンダーバイアスに対する各国の取り組み状況や、広告表現における生活者との“ズレ“を可視化する「GEM®」を取り入れることで、得られる示唆やその可能性について意見を交わします。
トレンド扱いのアメリカ、スタートラインの日本。
クリスティン:アメリカでは2021年にGEM®スコアが過去最高に達していたのですが、コロナ禍が明けると後退してしまいました。その理由の一つとして、マーケターたちが「女性を正しく表現する方法は分かっている」と過信し、“対応済み”として次の話題に移ってしまったことがあると思います。例えばAIやショッパーマーケティングに気を取られ、女性の表現については「去年やったからもう大丈夫」と、継続的に取り組むことを怠ってしまうのです。しかし、世界の人口の50%は女性ですから、単に一度対応したから済む話ではありません。
もし過去の施策だけで満足してしまい、今の生活者のニーズに目を向けないとどうなるか。再び関心を持とうと思った頃には、生活者の期待はさらに先を進んでしまっているでしょう。特に若い世代は、従来の取り組みは不十分だと考えており、それは当然求められるレベルにすぎないと見なしています。彼らはもっとインターセクショナルな視点を求め、体型や文化、祝日のお祝い方法にも多様性や深みが反映されることを望んでいます。画一的な表現ではなく、多次元的、まるで3Dのように立体的で豊かなキャラクター描写が求められているのです。
中島:確かに、日本でもすぐ「○○マーケティング」の類が流行り、廃れていきます。でも「ジェンダーバイアス」をトレンドで済ませてはもったいない。人の在り方に深くかかわる普遍的なテーマですよね。向き合い続けることが必要です。
一方、日本におけるGEM®の取り組みは、ローンチしてもうすぐ2年になろうとしています。ですが、GEM®を導入いただけている企業はごく一部にとどまっており、まだまだ入り口、これからだと考えています。「炎上していないから大丈夫」「社内でチェックしているので問題ない」と考えていらっしゃる企業もいます。しかし、炎上していなくても生活者が「なんか違う・・・」と違和感や不快感を抱いていないとは限りません。その小さな“ズレ”が積み重なった時、そこにはブランドと生活者の間に取り返しのつかない溝ができてしまっているのではないでしょうか。実際、すでに広告制作側(作り手)と生活者(受け手)との間にジェンダー表現への配慮に対する大きな意識の差があることが調査から分かっています。
加えて、「ジェンダーバイアスは女性に対するもの」というイメージを持たれがちですが、GEM®は男女関係なくジェンダーバイアスにかかっていないか?を客観的に把握できるため、見落とされがちな男性への固定観念にも気づくキッカケにもなると思います。どうしたら、より良く的確に生活者に届くのか。そこをGEM®を使って、クライアントの皆さんと、一緒に紐解いていけたらいいなと思っています。
数字だから、客観的に判断できる。
「スコア」が背中を押す。
中島:日本人の気質の問題なのか、どうしても難しい問題に正面から向き合わず、敬遠し、時には茶化してしまうという面があります。例えば、会社でジェンダー差別に対して意見や主張をすると、おそらく「まあまあそんなに怒らないで」「うまくやろうよ」「そんなに嫌かな?自分は気にならない」というような反応や「おいおい面倒くさいこと言い始めたぞ・・・」といった空気になることもあるはずです。いざ向き合おうと思っても、空気が邪魔をする。そのため、このジェンダーバイアスという敬遠されやすい話題に、第三者ツールを用い、スコアを介して会話できるのは、日本の環境においてはとてもよい試みだと思っています。取り入れていただければ有意義な会話や対話ができるキッカケになると思っていますし、そのように使って欲しいとも思っています。
クリスティン:スコアはただの数字だからこそ、そこに感情を伴わないのが良いところですよね。これに関連して1つ思い出したことがあります。食品会社の広告の話なのですが、母親がこの商品を使って手作りの夕食を作ろうとしていると、放課後に帰ってきた2人の息子たちが大はしゃぎで全く言うことを聞かないので、その母親が「Yahoos!(ヤフーズ)」と息子たちに声をかけるという表現がありました。制作チームは事前テストも行い、意図的に誰かを不快にさせるつもりはなかったのですが、登場人物の母親が黒人女性で、息子たちも黒人だったため、この「Yahoo」という表現が一部の人からネガティブな反応を招き、放映後に数件のクレームが届いたそうです。そのうちの一件は「人種差別的ではないか」という懸念を含んでいました。実は、この広告を制作したのは白人クリエイターたちで、「Yahoo」という表現が人種的な意味合いでネガティブに受け取られる可能性があることを知らなかったんですね。しかし、1人の視聴者が「人種差別的だ」と指摘したことで非常に慎重になってしまい私に相談してきたわけです。
そこで、私はGEM®にかけてみることを提案しました。なぜなら、アメリカのGEM®では、黒人やヒスパニック、アジア系の回答者を増やすことができるからです。そして、GEM®スコアを確認してみると、黒人やヒスパニック層のスコアは非常に良好で、黒人層のスコアは白人層よりも高く出ました。親なら誰しもが一度は経験をしたことがあると思いますが、子供が大騒ぎしてなかなか言うことを聞かない時には、思わず強い口調で言ってしまうこともありますよね。
この結果を受けて、マーケターたちも安心したようです。このように、配慮しようと気を付けるあまりに「この表現は誰かを傷つけるのではないか」と過敏に捉えすぎていることもあります。意見をくれた人は、もしかすると嫌なことがあった直後だったのかもしれません。しかし、ここで大事なのはGEM®のおかげで事実に基づいた判断ができたということです。数字は嘘をつきませんからね。
中島:本当にそうですよね。あらゆる人に配慮をすることはもちろん重要ですが、それだと面白くない。なにも伝わらない。なにがOKかのラインは空気を含めてしっかりと見定める必要があると思いますが、あえて攻める判断もある。そういった意味でもスコア化することは、まずは客観的に受けとめられるという点で、非常に大事なことですよね。
日本では「インタビュー」を改善に向けた呼び水に。
中島:ただ、日本の場合はスコア化するだけではまだ足りないとも思っています。算出されたスコア、数字をどのように解釈して、改善につなげるべきなのか。スコアだけを示されても何をすべきかわからないクライアントも当然います。そこで日本では、何をすべきかを探究するために、生活者インタビューという手法を使います。「何が生活者の感覚とズレていたのか?」を生活者の文脈で気づくことは非常に重要で、同時にクライアント側にとっては気づくのが難しいポイントでもあるからです。そのため、日本版のGEM®では定量+定性をパッケージにして推進をしています。
当社のアナリストである栗原と渡辺は、サービスの開始以来、スコアの結果を元にその要因を深く掘り下げる定性インタビューを数多く実施してきました。スコアに基づいて仮説を立て、生活者の感情や態度、生の姿を丁寧にひも解き「何が生活者の感覚とズレていたのか」を探りながら改善点を掴む。この2人の知見を存分に生かしたアウトプットをお約束します。
クリスティン:実際にそのスキームで推進してみて、クライアントの反応はいかがでしょうか?
中島:ここは現場で対応している2人の方が温度感含めて詳しいところですが・・・、作り手の意図と異なる受け取られ方をしていることに気づくケースも多いと聞いています。どんなに気を付けていても、生活者の感情や心理を掴むのは難しく、企業目線に陥ってしまうものなんです。だからこそ、こうした検証は広告効果の面で必要であり「クリエイティブの改善にも役に立つね」と言われます。特にジェンダーバイアスについては思いもよらない受けとられ方をされていることもあり、「こんな風に受け取られているとは思いもしなかった」などのお声を頂くこともありますね。先ほどもお伝えしたように、炎上まではいかずとも、作り手と受け手の”ズレ”は、長期的に見るとブランドレピュテーションリスクにつながる部分であり、生活者の「何かモヤモヤする」といった違和感を丁寧に言語化している点も、高く評価していただいています。
クリスティン:それは素晴らしいですね。数字に文脈や意味を与えられるのがインタビューの良さだと思います。今度は是非そこに取り組む皆さんの知見をSeeHerのホワイトペーパーやLinkdinなどでご紹介をさせてください。
中島:それは是非!今回の対談をきっかけにさらに協業を深め、ジェンダーバイアスのない広告表現が誰にとっても素敵なことで、社会的意義とマーケティングの両面で価値を持つことを広げていきたいですね。今度はぜひANA(全米広告主協会)の本部に訪問させてください。本日はありがとうございました。
クリスティン:もちろん!次回は私だけでなくSeeHerのさまざまなメンバーに紹介できることを楽しみにしています。本日は素敵な機会を設けていただき、本当にありがとうございました。
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ジェンダーバイアス測定基準「GEM®」
ジェンダーバイアスの視点から、広告やコンテンツの表現を生活者がどう受け止めているかを測定する調査「GEM®(=Gender Equality Measure)」についてご紹介します。