Our Topics【特別インタビュー】「炎上から学べる社会」を目指して、広告の未来を市民と作る”AD-LAMP”の取り組みとは

いま、広告制作に携わる人の間で注目を集める「炎上」。その背景には、ステレオタイプや価値観の押し付けがあることも少なくありません。また、生活者の意識の高まりに企業のマーケターが追い付かず、「ジェンダー表現への配慮」に対する評価に、大きなギャップが生まれていることも自主調査から明らかとなっています。
そんな中、炎上をただの失敗に終わらせるのではなく、未来を照らす光に昇華させようと、市民とともに広告の炎上事例を分析・代案制作をしているAD-LAMP代表の中村氏と出会ったのは2024年の春頃。
広告の効果測定を企業目線だけでなく、生活者目線でも行うことの重要度が高まる今、中村氏に活動を通じて見えてきた課題や気づきを伺います。


プロフィール

中村ホールデン梨華

広告コンサルタントを経て留学。ブリストル大学修士社会起業論課程在学中。SNSにて「広告炎上チェッカー」(@Enjocheck)として活動する。広告倫理に関する講演やワークショップを行い100以上の広告を分析。ブリストルで2024年5月、「市民広告 Towards Change展」を開催した。

渡辺澪

2013年に新卒で株式会社オリコムへ入社。営業、デジタルの部署を経て2020年よりストラテジックプランニング部へ。業務領域は戦略立案・プロモーション企画・市場調査・広告効果検証など。N=1分析を起点とした生活者洞察を得意とする。2023年に発足した、広告・コンテンツにおけるジェンダーバイアス測定基準「GEM®推進プロジェクトのストラテジスト。


渡辺:本日はSNSで「広告炎上チェッカー」として活動し、炎上した広告について市民とともに広告主の制作意図や炎上のポイントを分析・代案づくりまで行うワークショップを開催する、広告業界で今注目の中村ホールデン梨華さんにお話をうかがいます。今はイギリスに留学をされながらこのワークショップに取り組まれていると思うのですが、はじめにその経緯から教えていただけますでしょうか。

中村:もともと私は調査会社に勤めており、なかでも広告の効果測定を担当領域としていました。しかし、調査を行うなかで、その広告のジェンダー表象について思うところがあっても、お客様に提言をすることはできなかったんです。当時はそこに歯がゆさを感じていました。
その頃、イギリスにはASA(英国広告基準局)という広告の審査機関があることを知ったんです。そんな国で広告倫理の勉強がしたいと思い、今の大学への留学を決意。そして「広告炎上チェッカー」という活動を始めました。

ジェンダー意識が高いはずのイギリスで、見えてきた課題点

渡辺:ASAは広告におけるジェンダー表現を学ぶ際に、必ずと言っていいほど出てきますよね。そんなイギリスでのお話をもう少しお伺いできますでしょうか。

中村:ASAについて少しお話しますと、イギリスでは市民から苦情を受けた広告がASAのなかで協議され、広告の掲出を続行するか否かが決まります。一見すると、第三者機関が公平な目線で広告を判断する良いシステムに思えるのですが、1つ問題があります。ASAの評議会は広告業界の内外に所属する計12名で構成されているのですが、全員が階級社会のイギリスにおいて中流階級以上の人間だということです。私はもっとオープンに、さまざまな人の声を入れた形での議論が必要ではないかと感じています。

また、確かにイギリスのほうがジェンダー意識は高いのですが、必ずしもその意識の高さは本質的ではないと感じることがあります。
というのも、ワークショップで行った分析・議論を元に、炎上した広告をイギリスの広告代理店に作り直してもらったことがあるのですが、その代案は女性の体型をからかうようなクリエイティブになってしまったんです。

イギリスで2005年に公開されたプロテイン商品の広告。減量に焦点を当てた訴求となっており、特定の体型に合わせることを女性に強く求めているように見えることなどを理由に炎上した。
ワークショップで行った分析・議論を元に、イギリスの広告代理店が作った代案。一番右の女性につけられたコピーには「レベッカに腹筋はない。でもバレーボールでは子供たちを打ち負かした。」と書かれており、女性の体型をからかうような表現になっている。

中村:その原因として、チェックリスト的に改善点をクリアしようという姿勢があったのではないかと考えています。炎上した背景を深く考えず「多様な人種がいるか?」「肌の露出は多すぎないか?」というように項目を立てて、それをクリアしていれば問題ないという意識があったからこそ、結果的に変わっていないクリエイティブが出来上がってしまったのです。

渡辺:表層的なものではなく、その問題の根っこを捕まえにいかないと意味がないということですね。

中村:その通りです。人が傷つくような表現の裏にある社会背景をしっかりと見つめる必要があると思います。チェックリスト的に配慮できているかを確認するだけでは本質的な解決にはなりません。

渡辺:時代が変われば人も変わり、価値観も変わるという点においても、チェックリスト的に炎上を回避しようという姿勢は相性が悪いですね。

炎上する広告には、〇〇が足りない

渡辺:ワークショップでは様々な広告を扱われていると思いますが、ジェンダー関連で炎上しやすい広告にはどんな傾向があるのでしょうか?

中村:当事者の声が加味されていない広告は炎上しやすいですね。例えば、乳がん検診の主なターゲットは女性です。その女性に対して「自分の身体を大切にして乳がん検診に行こう」と伝えればいいにも関わらず、男性目線で「女性ってこういうものだろう」という空想で作ってしまい炎上した事例があります。「なぜ、女性は検診に行かないのか?」という当事者の声を無視したことが炎上の原因だと思います。

渡辺:とはいえ、作り手も決して炎上させたくて作っているわけではないので、難しいところですよね。多くのクリエイターは当事者の声を無視しようとしているわけではなく、クリエイティブとして昇華しようとした時に、その視点が抜け落ちてしまうことがある、というのが実際のところなのではないでしょうか。特にジェンダーに関してはアンコンシャス・バイアスの存在も強いので、意識をしても難しい部分だと思います。

中村:まさにそうだと思います。だからこそ、私は広告を作り直すときに市民の声を取り入れたいと思っているんです。

渡辺:実際に、市民の声を取り入れてみていかがでしたか?

中村:先ほど事例として挙げた乳がん検診の啓発ポスターは、ワークショップで取り扱った題材でもあるのですが、その代案を作る際に「女性は、子どもや夫の世話で時間がなく、自分のことは後回しにしがち」という現状に注目したんです。そこで、お母さんが子どもを気に掛けるシーンに、「大丈夫?をあなたにも。」というコピーをつけました。
この代案は広告業界の方や有識者の方からも高く評価をしていただき、市民の声を聴いたからこそ、よりターゲットに刺さるようになった良い例だと思います。

ワークショップで行った分析・議論を元に作られた、乳がん検診の啓発ポスターの代案。

その広告表現は、ひねりすぎかも?

渡辺:ワークショップを通じて、何か気づきはありましたか?

中村:最近コピーライターの方が参加してくださったのですが、「これまでコピーを書く時に、ひねりすぎていたのかもしれない」と仰っていたのがとても印象的でした。シンプルなコピーでも、ちゃんと当事者の声を反映していれば心に刺さるんですよね。

渡辺:それは大きな気づきですね。情報過多の中で、どうやって広告に目を向けてもらうかを苦心されているクリエイターの方も多いと思います。当事者の声が直接クリエイターに届くことで、どこまでひねる必要があるのかのナレッジが貯まるというメリットもありそうです。私たちもGEM®を推進するうえで、ジェンダー表現への配慮とクリエイティブジャンプの両立を大事にしているので勉強になります。

中村:そうですね。市民の声を聴くことがジェンダーへの配慮にも、ターゲットに深く刺さることにもつながると思います。

渡辺:実は、弊社が推進するGEM®では、GEM®スコアの高さがブランド評価の向上につながっていることが分かっています。実際、GEM®で得た知見をクリエイティブに活かすことで、マーケティング効果が高まったという声もいただいているんです。

中村:数字をもって証明できるのは良いことですね。

炎上から学べる社会へ

渡辺:最後に、中村さんの目指すところを教えていただけますか?

中村:多様化が進む社会において、全員が納得するものを作ることは容易ではなく、そういった意味では炎上をゼロにするのは難しいと思っています。だからこそ大事なのは、その炎上から学べる社会を作ることではないでしょうか。今はまだ多くの場合で「不快な気持ちにさせて申し訳ございません」という謝罪にとどまっていますが、炎上した広告を取り下げて謝罪するだけではなく、そこから学び直すことで、その先の未来を灯していきたいと考えています。
また、広告の制作段階に市民の声が入りにくい状況も変えていきたいと思っています。その第一歩として、私は「市民が選ぶ広告賞」を作りたいんです。構想を練っている最中ではありますが、この広告賞を通じて広告に市民の声を反映する意義が浸透することで、広告業界の評価軸も少しずつ変わっていくと思います。

渡辺:私たちもGEM®の推進をはじめてからまだ1年半足らずではありますが、広告主さまをはじめとして広告業界の意識も少しずつ、でも着実に変わってきていると感じています。変化する生活者の意識に対応し続けるため、よりよい広告の未来のために頑張っていきたいですね。本日はありがとうございました。


ジェンダーバイアス測定基準「GEM®」

ジェンダーバイアスの視点から、広告やコンテンツの表現を生活者がどう受け止めているかを測定する調査「GEM®(=Gender Equality Measure)」についてご紹介します。